初期の夏の代表曲のひとつ、「LA VIE EN ROSE」では爽快感あふれる歌声とスケールの大きな演奏に会場内が湧いた。エンターテインメント性の高いステージでありながら、尖ったロック精神が健在であることを実感したのは「SAMURAI ROCK」。ファイティング・スピリッツあふれる歌声、エッジの効いたギター・サウンドが会場内を熱くしていく。幸か不幸か、警鐘を鳴らすような歌詞が今の時代ともシンクロしていく。ちょっとした曲間に、湊がリズムで茶々を入れたり、ホッピー神山が謎のサウンドを繰り出したり、音によるジョークの応酬があるところも楽しい。吉川とメンバーとの信頼関係の深さも見えてくる。集中することとリラックスすることとが両立しているところも素晴らしい。
イントロが鳴り響いた瞬間にハンドクラップが起こったのはCOMPLEXの「1990」だ。吉川のタフな歌声とスケールが大きくて、ダイナミックなバンドの演奏が気持ちよく響いてきた。生形とEMMAのニュアンス豊かなギターのかけ合いも見応えがあった。どの曲もギター、ベース、ドラム、キーボードがより有機的なアンサンブルを生み出している。
中盤では、ホッピー神山のキーボード・ソロを導入部として歌われた「すべてはこの夜に」など、吉川のボーカルとホッピー神山のキーボードでじっくり聴かせる場面もあった。この曲がリリースされたのは1986年。すでに30年以上の年月が過ぎている。歌声に込められたせつなさやいとしさはさらに深くなっている。こうした“静”の曲でも吉川の歌い手としての表現力の豊かさを堪能することができる。
「SPEED」からの後半は一転して、“動”の展開。ウエノのベースがうなりをあげていく。バンドが一体となって、疾走していく。赤いライトで照らされたスモークがまるで炎のようだ。曲によって、吉川がギターを弾く場面もあった。パワフルなナンバーがこれでもかと繰り出されていく。猛暑を吹き飛ばすほどのエネルギッシュなパワーがほとばしったり、会場内が一体となって、シャウトしたり、シンガロングしたり、踊ったり、夕涼みの気分を堪能したり、吉川晃司の夏バージョン・ライブは唯一無二の輝きを放っていた。
アンコールで登場すると、冒頭で述べたように、いきなり吉川から衝撃的な報告があった。
「去年の春に声帯に結節ができたんですよ。ピアノで言えば鍵盤が4つ5つ壊れた状態。今回のツアーに入って、武道館の3日前にちょっと喉を診てもらっておくかと思い、病院に行ったら、ポリープになっていた。放っておくと、壊れた鍵盤の数が増えて、歌い手生命が危うくなるので、主治医の先生と相談して、切ってもらうことにしました。そうすると、3か月から半年は歌えなくなるので、今年のツアーが終わったら、頃合いをみて、ということになるので、よろしくお願いします」
不確かな情報が拡散しないように、直接自分の言葉で報告したかったということ。だが、心配をあおるのは本意ではないだろう。吉川はこれまでも骨折したこと数知れず、様々なケガを乗り越えて、傷だらけになりながら、33年間走り続けてきている。アンコール2曲目の「Over The Rainbow」を歌う前のMCではこんな発言もあった。
「ポセイドン・ジャパンに書いた曲で、オリンピックのテーマソングなんですが、自分のテーマソングでもあるんですよ。2020年までこの曲に恥じない人生を送らなきゃいけない。オリンピックの時、ピンピン歌っているだろうしね」
そしてさらにもう1曲、客席との交流を深めていくような愛に満ちたナンバーを披露。そのアンコール・ラストの曲が終わったところで、「また笑顔の再会をよろしく! 全国ツアー、行ってきます」と挨拶して、締めのシンバルキックへ。が、ライブで完全燃焼したのか、5度連続で空振りして、やり直す場面もあった。それだけライブの終わるのが名残惜しかったということかもしれない。七転び八起きならぬ、五転び六起き。「こんなこともあらあな」と吉川。何度も立ち上がってきた吉川らしいエンディングでもあった。この日演奏された「1990」の中に“ほどけた靴ひもを結んで”“歩いてゆく”というフレーズがある。ポリープの手術を受けることはほどけた靴ひもを結び直す行為に似ている。靴ひもを結び直して、虹を越えて、彼は歩き続けていくのだろう。次なる笑顔の再会がさらに待ち遠しくなった。