そんな余韻を打ち破るように、照明が赤く激しく点滅する。「ハエ男」だ。1950年代のアメリカSFホラー映画をモチーフに、日本社会の縮図のような光景を平易かつ耳に残る言葉で風刺する。続く少年ナイフのカヴァー曲「バナナチップス」と共に、J-POPの先駆者たる彼女の矜持が伝わる名曲、名演だった。
ステージは終盤に向かい、第二の故郷と語る「渡良瀬橋」で万感に到った後、未来への希望を等身大の言葉で綴る「私のように」へ。自分自身であることを肯定するアンセムだ。メンバー紹介を挟んで歌った「一度遊びに来てよ」も、ファンが愛し続ける名曲。聴くほどに味わい深くなる繊細なリリックと、一方でウェットさを抑制したヴォーカル。彼女にしか体現出来ない特別な抜け感が抜群で素晴らしかった。
「やっちまいな」「夜の煙突」で再び“ROCK ALIVE”なパフォーマンスを魅せつけ、ラストは「私がオバさんになっても」。この曲を30年間歌い続けてきたことが、今を生きる女性たちにどれだけの勇気を与えたことか。神々しい程の輝きを放ち、本編は終了した。
衣装替えをして再登場したアンコール。「その後の私」を歌った森高は、正面を真っ直ぐ向いて、35年分の感謝を伝える。その語り掛ける言葉、そして少し潤んだ瞳から、彼女の真摯な想いがあふれ出る。感動のひとときだった。
「年齢とかは全然関係ないです。私は私でガンガン行きたい!」そう言って、今回の周年ライブのテーマと連なる「EVERY DAY」を披露。最後はビートルズへのオマージュも込めた名曲「コンサートの夜」で、会場がひとつになってアンコールは終わった。
収まらないのは、ボルテージが最高潮に達したオーディエンスだ。声を出せない制約の中でも、精一杯の拍手でダブルアンコールを求める。爆発するテンションに応えて、森高が再度舞台中央に戻る。最後の最後に歌われたのは、彼女のライブに欠かせない「テリヤキ・バーガー」。全員の内なる魂の大合唱と共に歌い上げて、圧巻の夜は終わりを告げた。
一般的に周年ライブとは、懐かしさを辿るものになりがちだが、彼女の場合は違った。音楽家・森高千里像を浮き彫りにするセットリスト、その幅の広さや奥の深さ、音楽的挑戦を重ねてきた足跡を味わえるプレミアムな内容だった。随所に現在進行形の音色を散りばめてくれたことも嬉しかった。