この歌の即効性というか、伝わり方のスピード感とはなんなのか?
WANIMAの歌を初めて聴いた時、じんわりとした「懐かしさ」を覚えた人は少なくないんじゃないか。それは先人の音楽の要素を参照しているからとか、あの頃のあの音楽を思い出すとか、そういうことではない。その「懐かしさ」とはきっと、WANIMAの歌は「心の故郷」を追い求めているから生まれてくる感覚なんだと思う。たとえば“THANX”のように天草を離れて東京へ旅立つ時の心模様を描いた曲はまさにそういうものだし、この日アコースティックセットで披露された“CHARM”も、「WANIMAの歌が、あなたが還ってこられる場所だ」という意志から生まれてきたものだ。KENTAが自らの傷を曝け出して花火のように何段も跳ね上がるメロディに託していくのも、そうして過去や痛みを供養していけば、いつの日か穏やかさや赦しや安らぎを手に入れられるんじゃないかという祈りなんだろう。以前インタヴューで「いつも故郷を思って、忘れないように歌っている」と話してくれたこともあったが、自分が今を生きていることを実感し、さらに進んでいくための「故郷」がWANIMAの歌にはいつでも宿っているのだ。あのでっかい笑顔を支えるのは、生きてきた道で何度も襲ってきた痛みの土砂降りから逃げることなく進んできたのだという自負。今を生きるために、WANIMAは故郷の情景と心のふるさとの在処を歌にし続けて、その歌に、聴く人も自分が生きてきた道や景色を託して、それが「懐かしさ」に似た感情に触れていく。そういう意味で、この故郷・天草でのライヴはこれまでの楽曲の根幹と本質を感じさせるものだった。
終始笑顔を絶やさず、いつになく前に出てギターを弾き倒すKO-SHINの表情。先日喉に不調をきたしたのが嘘のようにグングン昇って前に前に伸びていくKENTAの歌。お馴染みの物真似の元ネタを知らない世代の子供にもしっかりと語りかけて笑いに巻き込んでいくFUJI。いつも以上に、目の前の人・目の前の場所と対話するようにしてライヴが展開していく。ステージ前方に開かれた花道に幾度となく飛び出して歌うKENTAも、観客のすぐそばでギターをかき鳴らすKO-SHINも、煽るというよりも一人ひとりに向き合って1曲1曲を伝える。その実直さが、どれだけスケールの大きな会場であっても変わらぬWANIMAらしさだと言えるし、その意気がWANIMAの歌の「近さ」を生んでいる。地元の子連れが多いこともわかった上で“渚の泡沫”や“いいから”といった「エロ格好いい」曲を遠慮なく披露してニヤリとするところも、一切変わらぬWANIMAらしさというか、あらゆる欲望を生きるエネルギー・希望として捉える歌として伝わっているはずだ。実際、“いいから”の<Hey Ho>では子供達が大喜びで跳ねる光景が見られた。
“つづくもの”や“THANX”といった初期から歌われている楽曲では、それらの歌が今ここで鳴り響いていることに誰よりも自分達自身が昂ぶっている様が目に見える。<離れるのは距離だけと>の「と」は熊本弁の語尾につく「と」だが、いつでも彼らを突き動かしてきたのは、この日みたいに故郷を愛し、故郷を抱き締める歌を全力で歌えるようになりたいという願いなんだろう。暇なく曲を連打していくライヴだが、一切ブレずに目の前の人に向かって撚られているアンサンブル自体に、この日に懸ける想いと熱が宿っている。後半にかけてみるみる声の伸びを増していくKENTAの歌も凄まじい。
そしてそのライヴが極点を刻んだのが、最終盤にプレイされた“1106”だ。自分を育ててくれた祖父が亡くなった際にKENTAが作った歌だが、漁師だった祖父を想いながら、まさに海に向かって歌が真っ直ぐに飛んでいった。この歌に綴られた<想うように歌えばいいと 思い通りにならない日を/そう教えてくれたね>と、祖父に言われた言葉をそのまま多くの人に伝える存在になったWANIMAだが、この“1106”に綴られた言葉を歌うことで誰よりも救われ続けているのはKENTA自身なのだろうし、「じいちゃん見てるかな。でも、見てたら怖いな!(笑)」とおどけて見せたが、自分の生きてきた中で出会った大事な人達がいつでも戻ってこられるように、KENTAはその人達の言葉や存在を歌の中に刻み続けていくんだろう。生きてきた道を絶対に手放さない。それがどんな道だったとしても、向き合って逃げない。そのことが今日から明日へ向かっていくための一番の力になるのだ。それを、WANIMAはいつだって忘れない。
