日本を代表する女性ロック・シンガーとして、多くのアーティストに影響を与えてきた浜田麻里が、去る4月19日にデビュー35周年のアニヴァーサリー・イヤーを締め括る日本武道館公演を行った。彼女がこの場に立つのは約26年ぶりだったが、チケットは即日完売。記念すべき一夜となる舞台への期待感の高さは、そんな状況からも窺える。
予定どおりに18時半に暗転。ステージ前に設置された大型スクリーンに、この日のために制作されたオープニング映像が流された後、まず聞こえてきたのはISAOのタッピング・プレイからの「Right On」。昨年8月にリリースされ、オリコン・チャートでも初登場6位を記録した最新作『Gracia』に収められたマテリアルで、昨秋からのツアーでは、各地で涙するオーディエンスが多かった楽曲でもある。そしてヘヴィかつダークな「Disruptor」を畳み掛け、『Gracia』の多彩な振り幅を印象づける。
強靭なバンド・アンサンブルの中で、鍛錬の上に成り立つ超絶なヴォーカルを響かせる浜田麻里。声そのものの圧倒的な説得力は、かつてと変わらないどころか、さらに凄みを増している。歌うことは“使命”である――そう考える彼女の存在感の大きさを、歌詞に綴られた世界観を含めて、改めて実感する瞬間でもあった。
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「この日が迎えられて本当によかったです。必ずやエポック・メイキングとなるであろうコンサートです」。そんなMCがなされた後、ファンによる投票で収録曲が決まったベスト盤『Light For The Ages -35th Anniversary Best~Fan's Selection-』において1位と2位だった「Blue Revolution」と「Nostalgia」、自身最大のシングル・ヒット曲でもある「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」等を、序盤からメドレー的に配したのも巧みな構成だった。いわゆる代表曲であり、場内は必然的に盛り上がるが、これまでの歩みを総括するというよりも、あくまでも『Gracia』に伴うライヴであり、クライマックスはまだ先にあることを予感させる。これこそ自信の表れと言ってもいいだろう。
「回り道をしなければ、見ることができない景色もある」「苦しいときも悲しいときも、時折覗く青空に救われて、心の温度と湿度と保ってきた」と、自身の活動を言葉に置き換える。この日も口にしていた常に「精進」を続けることの意味。その後に導かれた長年のバンド・メンバーである増崎孝司のアコースティック・ギターと歌のみによる「Promise In The History」と「Canary」のセッションは、そんな彼女の思いがより生々しく伝わってくるものだった。そこで示されたシンガーとしての類稀なポテンシャルへの感嘆と併せ、観客から盛大な拍手が長らく贈られたのも当然だろう。
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中盤では劇的な「Mangata」の余韻に浸る中、サプライジングな出来事が起こった。聞こえてきた個性的なベース・フレーズ。何とステージにはMR.BIGのビリー・シーンが登場したのである。レコーディングでも客演してきた世界的プレイヤーにオーディエンスが沸いたのは言うまでもないが、前作『Mission』(2016年)収録の「Sparks」が、BOHとのツイン・ベース・スタイルとなり、これまで以上の凄まじい音像となって表現されたのは、この日のハイライトの一つとなった。
そしてその熱はさらなる高まりを見せていく。8本の火柱が上がる演出もなされた「Dark Triad」、2ndアルバム『ROMANTIC NIGHT』(1983年)からまさかのレア曲「Jumping High」、原澤秀樹のドラム・ソロをイントロダクションにした「Black Rain」。実演の場ゆえに生まれる疾走感を伴ったメタル・チューンの連発に対し、浜田麻里の圧巻の歌声がアグレッシヴさをより増幅させる。
世の中にはエンターテインメントとして「楽しむための歌」は多いが、自身の歌はそうではなく、身を削り、魂を絞り出すものなのだと、改めて浜田麻里としての在り方を語り、「Historia」「Orience」が続けて歌われた。特にこの両曲の歌詞を紐解けば、彼女が抱く崇高な思いは伝わってくるはずである。日本、そして世界はどうあって欲しいのか、人間としてどうあるべきなのか。ハイ・トーン・ヴォイスといったテクニカルな側面に注目が集まりやすいシンガーではあるが、メッセンジャーとしての浜田麻里の奥深さがよくわかる場面でもあった。
