―舞台の中でも葛飾北斎の奥さんのことは描かれているのですか?
もうそれがメインというくらい描いています。実はこの葛飾北斎を題材にした舞台をやろうとなった時、私自身すごく軽く考えていたんですよ。北斎にはあれだけ有名なかっこいい絵があるから、それを使うことによってエンターテインメントは成立するだろうと思っていたんですけど、調べていくうちにもっと伝えないといけない大切なメッセージがあると思ったんです。それを伝えるためには、ただ単に私が今までやっていたようなダンスを見せるだけではだめだとわかったんですよね。ただ、そうなってからがめちゃくちゃ大変で。なぜというと、それまで私は演技の勉強をしたことがなかったんですよ。大切な人が亡くなった時にどんな気持ちなのか、その気持ちをどう表現すればいいのかってすっごく悩んだんです。そんな中、今回一緒に舞台に出てくださる共演者の方に助けられて。娘役の加藤花鈴さんはコンテンポラリーダンサーで、私が今までやってきたダンスとは全く違った表現方法を持っている。そして、私の奥さん役の真瀬はるかさんは元タカラジェンヌで、めちゃくちゃ歌がお上手でお芝居もすごく評価が高い方で。この3人が集まったら何かできるんじゃないかというところで、すごく救われたんですよね。実際に舞台後半で奥さんが亡くなるのですが、そのシーンもただパタンと亡くなるだけだと北斎の気持ちは伝わらないし、今までの感謝を伝える前に相手が亡くなってしまったこの無念さはどうすれば伝わるのだろうというのが、パフォーマーとしてはすごく大変なところでした。結果的には上手くいったので、この作品を世界中の人に観てもらいたいと思える大切なシーンではあります。セリフも今回の舞台は全くなくて、ノンバーバルという形を取っています。もう本当に3人で話し合いましたね。娘役の加藤さんで言うと、コンテンポラリーダンサーって内側に向かってエネルギーを出すというダンスの仕方をするんです。私がもともとやっているダンスのスタイルってエネルギーが外側にしか向かないんですよ。だからその表現の仕方がすごく新鮮でそこから学ぶものがすごく多かったです。奥さん役の真瀬さんには、私が演技で行き詰まっている時にアドバイスをしていただいて。その時に「カツミさんは演じようと思わなくていい。役の中に入ってしまえばできると思う」というヒントをくれたんです。「奥さんが私だとして、私が亡くなったらどう思う?」と聞かれて、「大声を上げて泣き出すと思う」と答えたら「じゃあそれをやってみて」と。いろいろな人が見ている中で絶対に無理だと思ったんですけど、パフォーマンスが進んで奥さんが亡くなるシーンになった時に、もう慌てて駆けつけて抱きしめてということが自然とできたんですよ。しかも大声を上げて、我に返ったら若干泣いていて。自分でもびっくりしましたし、今まで作品の中で泣くなんてなかったんです。それを見ていた真瀬さんが「私正直悔しいです」と言って。「演技を勉強すればするほど、どうやって演じればいいのだろうって考えてしまうから、今カツミさんがやったことはできなくなる。でも北斎になりきったことで、その時の気持ちをそのまま表せば良いという、演技の原点を見せてもらったような気がする」と言ってくれたんです。その言葉を聞いて、今まで演技に対して感じていた不安が拭えて、それと同時に絶対にいいものができると思うことができました。
The Life of HOKUSAI(提供写真) 画像 3/4
―もともと、サカクラさんは葛飾北斎にどんな印象をお持ちでしたか?
葛飾北斎って“天才絵師”とよく表現されていて、私もそのイメージしかなかったんです。とにかく絵が上手くて天才的な人、世界中に“ジャポニズム”というものを残した人というイメージしかなかったんですけど、調べてみると本当に“狂人”で、発想が狂ってしまっているんですよ。それを家族が支えて、なんとか社会性を保って仕事にさせたというのが見えてきて。だから葛飾北斎という人物を調べていくうちに、全く真逆のイメージになったんですよね。調べれば調べるほど狂人だった。この舞台の中でもう一つ描いていることで、二極性というものがあるんですけど、天才と狂人って全く逆のベクトルじゃないですか。男と女もそうだし、世の中のものって二つに分けられると思うんです。でもこの二極性って僕が思うに、180度の一直線ではなくて少しだけ反っているんじゃないかなって。ほんの少しの反りだから180度の一直線にしか見えないんですけど、ものすごく大きな円を描けばどこかで繋がると思うんですよね。男と女で言っても“ジェンダーレス”という言葉がありますし、天才と狂人だってどこかで繋がると思ったらすごく面白かったんです。北斎はそういう二極性を象徴するすごく良い人物でもあるなと思いました。舞台の最初には、私のソロの中で“狂”っていう漢字を大きく映しているのですが、“狂”の漢字って面白くて、けものへんと王がくっついて“狂”じゃないですか。この二つってまさしく真逆ですよね。まさしく二極性の一直線なんだけれど、大きな円を描くとどこがで繋がる。こういうような“なるほど”と思ってもらえる要素を舞台のいろいろなところに入れています。それはまさしく北斎がいろいろな絵に隠している謎のように、観た人に“なるほど”と思ってもらいたいなという想いから来ているんです。
